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戻りました・・・ 


東京は暑い。


暑いと、何度言っても暑い。


それぐらい、暑いですね。
冷房が吐き出す熱気のせいか、
息苦しい感じがたまりません。


また、避暑をしたくなりました。。。



こんな時間に自宅にいるのも珍しいわけですが、
近くの小学校からタイタニックのテーマが
流れてきました。


吹奏楽の練習でしょうか。。。


何の曲か判別不能なぐらいのリズムと音の外れ方。
みんな一生懸命なんだろうけど、
金管楽器の音の外れようったら、
もう、ピーヒャラいってます。


音楽の先生が、怒っていないことを遠くから
心配してしまいました。


というわけで、夏休みが終わろうとしています。

ほっと・・・避暑へ 


7月は、がんばって更新していましたが・・・


8月は、バテ気味。


そして、さらにこれから5日間更新できません。
火曜日まで・・・


日本で一番美味しい蕎麦を食べられる
昔からお世話になっている長野の地へ。


迷惑かもしれないけれど、
それ以上に手土産と話題を持って、初めて夏に行く彼の地。


田舎がない僕にとっては、故郷みたいなところ。


短い休みですけど、こういう時に
遠慮してたらだめだなと思う。


思い立ったらなんとかで、明日いろいろ始末しますw


P.S
「日本の一番長い日」を見たせいか、
NHKの戦争に関するお年寄りの話をちゃんと聞くように
しました。。。もう、僕にはおじいさんはいないから、
生きている人から戦争体験をちゃんと聞かないとという、
珍しく謙虚な夏として、記憶されそうです。


戦時中に将校であった人が、終戦後に故郷に帰っても、
どこにも出かけないんだという。
その理由は、「わしゃ、部下に死ぬることを進めてたんのに、
生きて帰ってからといって、ゆるゆると遊んどるわけには、
いきゃせんもんね。」という。
戦争の傷跡がなくなりつつある町の風景ですけれど、
人の心に残る戦争の傷跡は消えずに残っている。
それも消えようとしているのだから、
僕だけでもそういうことを記憶に留めておきたいなと、思ったのでした。


身が引き締まる思いがしました。

泳ぐこと 

どちらかというと、月の後半が忙しい。


忙しいなぁと思っていると、泳ぎたくなる。


机の中を見たら、置きっぱなしにしてあった水着を発見。


なんだ、あるじゃん。


忘れてたよ。


というわけで、突然ですが泳いで帰ります。



冷房に当たりすぎて、体の切れもイマイチなので、
ここで一発気分転換。


のんびり泳ぐぞーって決めても、
後半遅いくせに早く泳ごうとして、
苦しさでもがいてしまうのですけどね。


仕事が一段落したら今週末ぐらいは、
休むことにしよう。

家事の始末 


暑さゆえ家事が雑になっている。


最近の事件をあげると、、、


 コーヒーメーカーのポットを破損


 山用プラスチック水筒のキャップを誤廃棄


 洗面台のガラスコップ破損


 圧力釜を落として破損


 お茶を注げば、こぼす


 買い物に行けば、必要な材料を忘れる。



過激派なみの破壊活動を我が家で展開。


今日やっと、コーヒーメーカーの替えのポッドがやってくる。


少しずつ復旧、壊すのは一瞬だが、
元に戻すのは時間がかかる。


昨日は、ローストチキンにワインで久しぶりにパワー系の食事。
肉に白ワインだが、辛口でキリリと淡白な鶏肉にはあいました。

退屈さ 


この時期、電車に乗っていると、
子供たちがスタンプ集めをしている。。。
隣では、お母さんがスタンプ帳とにらめっこ。


こんなにのんびりした電車の風景も
お盆も過ぎたから、そろそろ終わることだろう。
もう少ししたら涼しくふく風に寂しさを感じるようになる。
がまん、がまん。



夏休みの有り余る時間を、
もてあましていた子供のころだった。


夏のイベントが、我が家には帰省以外にすくなくて、
どうしようもなく退屈な時間が流れていた。
どっかに連れてってとねだっても、ビクともしない両親に
あきらめておとなしくなってきた夏休みも中盤。


読書感想文や、計算ドリルといった時間のかかる宿題を
頭の片隅にやりながら、じゅうたんの上でぼんやりねっころんで
天井をみあげてぼんやり扇風機の風をあびている。


なんで時間って過ぎていくのだろう、
なんで生きているのだろう、
何をしたらいいのだろう、、、
なーんもしなくて、いい時間をぼんやり見つめていた。


暑さの中、とりとめもないことがぐるぐると頭の中をめぐるわりには、
考えもまとまらず、チリンチリンと風鈴の音で我にかえる。


夕日を見て、蚊取り線香の匂いとともに、ご飯を食べる。


その繰り返しに、不思議なほど時間が余っていて、
ゆっくりと流れていた懐かしいあの頃のこと。


今の子らは、感じられているのかな。
忙しくなんて、大人になったらいつでもできるんだぜ。

人生の分かれ道 


高校時代の友達から突然の電話。

その地方では、周りがうらやむほどの勤め先なのだが、
組織は腐っていて、まったくやりがいはないという。
最初は、やめることに反対していた家族も、
本人のあまりの意気消沈ぷりに、
「あなたの好きなとおりにしたら・・・」と変わってきたらしい。
将来のキャリアや生活の安定を実現させようと思ったら、
そこで我慢したほうがよい。
しかし、働き盛りの30代を腐らせる今の仕事を
続けるべきかどうか・・・
他に、彼がやりたい別の道もある。

この悩みに対して、

この時代にそんないいところに勤めて、
楽な仕事はないんだよ。
仕事は仕事で割り切ってやればいいじゃない。
家族を養うためにも、余計なことを考えるもんじゃない。

と、アドバイスしたのは、
続きを読む

グルメの間にする断食 

最近の昼ごはんのお話。

春雨スープと野菜ジュースのみ。
間食に、小さいクッキーや煎餅をとる。
平日は体を動かさないから、それぐらいで十分。

足らせようと思えば、足りるのだ。

そうかといって、
食べるときは食べるようにしている。

美味しい野菜とか魚を中心に。

さて、今週末は、友人宅で美味しい肉が食べられるらしい。

美味少量で、美味しくいただく。

胃が小さくなっているから、
若いときほどがっつかなくても、美味しくいただける。
満腹も動けないほどでなくて、
ちょっと足りないぐらいでちょうどいい。

但馬牛は、昨年の大阪で食べて以来、
ボクの頭の中では「うまい肉」として位置づけられている。

はたして今回のはどうか・・・楽しみだなぁ。

それと、夏野菜も。

焼きなす、とうもろこし、トマト、コールスロー、きゅうり。。。

おもいっきりクライミングをやって、たんぱく質の補給という
位置付けで、楽しむ晩餐。贅沢だなぁ。

きりりと冷えた辛口の白ワインから、ぐっと重たい赤ワインで、
粋に楽しめるとしたら幸せである。

雨を呼ぶおとこ 

先週末は、ブログの更新はもとより、
ケータイの電波すら通じない山の中を駆け巡っていました。
気がつきたくない事実が明らかになった。

それは、ボクがどうやら「雨男」らしいということだ。

いろんなイベントのたびに、雨を降らしている。


今回の山の天気は、前半が霧と強風、後半の最後に夕立でカミナリ付。

単独の登山だから、すべてボクの責任だ。

山の手線の中で今までの、
単独での行動(僕が行くと宣言したのも含む)
をぼんやり思い返してみると、

 ここ最近の外岩ボルダリングツアー企画(3~4回) → すべて雨天中止
 昨年8月の仕事の沖縄行き → 台風直撃
 チャリツーリング(江戸川遡上100キロ) → 帰り雨
 3年前の屋久島 → 後半台風直撃(前半は晴れたよ。)
 3年前の熊野古道トレイル(大雲取、小雲取縦走) → キリ、モヤ、
 
逆に良かったときは・・・

 東北周遊旅行 → すべて快晴 (社会人1年目)

というか、あんまり印象にない。
  
一人で行動したときの、晴れ率の悪さはいったいなんだろう。

山ではパートナーと行動していたが、アルプスクラスの山でも、晴れていることが多かった。二人でなるべく晴れている日を狙っているという理由はあるが、今回のようなカミナリ付きの夕立はなかった。

いみじくも、今回は帰りの電車の中で、
自分がアメの男であることを自覚し、
いつものパートナーに「おまえが来ないから雨が降った!」
と逆切れメールを発信。


今後の単独行に不安を残す結果となった。

予定を立てると台風を呼び、夏であれば夕立が来る。
強力な「晴れ」を呼ぶパートナーを急募。

さて、今週末、東京の西のエリアが危ないでしょう。

雨、きっと降ります。

いや、降らしますっ!あめーー。ふれーーー。

読書途中経過 


例の、アイン・ランド
「肩をすくめるアトラス」

結局、読みきれていません。

うまく物語に入り込めません。
つまらない経済小説みたいだ。

重たい本のため、他の本に取りかかれず、
読書量が減っております。

夏だし。(言い訳)

これは、一度図書館に返却して仕切りなおすことにします。

他にも、面白そうな本がいっぱいあるので・・・

物理的に本が重すぎて、
移動時間に読めないのが一番のネックです。
家の中だけでは、集中が続かない・・・

週末の山の縦走には、つまらなそうな本で、
強制読書とすることにします。

iPodによって、本を読まなくても
過ごせるようになったから、
活字でちゃんと考えられるように。。。

政治的状況の整理 

客観的な政治動向はよくわかりませんが、
政治の動きと心象の違いを意識して書いてみます。
こういうのを抱えておくと、
精神的な負担になってしまうので。



民主党が本当に政権を担えるとは、
誰も思っていない。

けれど、民主党が勝った。

小泉改革のおかげで、自民党の基盤がぐらついていたからだ。

安倍政権は、改革の痛みを国民と共有することができず、
人事の失敗が政治家としての信頼を失墜させたからだ。

加えて、民主党の主張のほうが保守的で
短期的に厳しい政策を嫌う国民にとっては
優しい政策にうつったからだ。

と、原因はあげればきりがない。

小泉というカリスマに支えれなければ、
改革の継続は困難だった。

どの紙面もこう書いている。
痛みの伴う構造改革をぶれることなく続けるべきである、と。

経済の停滞を招いてはならないというのは、
国家にとっての競争力をつけ、国民に痛みを強いるということだ。

だが、経済成長の「果実」そのものを疑ったかどうか。

何が待っているのか、どんなビジョンを持っているのか。
実行可能な計画なのか。。。命をかけてそれをやり遂げられるのか。

政治家が、信念を持って国民のためであると命をかけられるかどうか。
究極的には、政治家が自らが描く日本の国家像を戦わせて、
政権に関わらず行動すべきである。

安易にポピュリズムやナショナリズムに流されるべきではない。

政権をとるつもりならば、大同団結をやってもよい。
国民のコンセンサスを得た上で、
これからの成長を目指せばよいではないか。

望んでいるのは、リーダーシップなのだ。

もし今回の結果が、
小泉流のリーダーシップへの反動へのゆり戻しならば、
違うタイプの個性があるリーダーを国民は求めているということだ。

思いっきり理想論をぶつのは、空虚かもしれないが、
その線で政治を語らねば、他に何があるというのだ。

理想と現実は、いつまでたっても埋まらない・・・
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