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人生の分かれ道 


高校時代の友達から突然の電話。

その地方では、周りがうらやむほどの勤め先なのだが、
組織は腐っていて、まったくやりがいはないという。
最初は、やめることに反対していた家族も、
本人のあまりの意気消沈ぷりに、
「あなたの好きなとおりにしたら・・・」と変わってきたらしい。
将来のキャリアや生活の安定を実現させようと思ったら、
そこで我慢したほうがよい。
しかし、働き盛りの30代を腐らせる今の仕事を
続けるべきかどうか・・・
他に、彼がやりたい別の道もある。

この悩みに対して、

この時代にそんないいところに勤めて、
楽な仕事はないんだよ。
仕事は仕事で割り切ってやればいいじゃない。
家族を養うためにも、余計なことを考えるもんじゃない。

と、アドバイスしたのは、
僕の友人だった。

そう言わせているのは、人柄なのだ。

その友人は、早くに結婚を決めて、早くに家も買って、
安定した組織に属し、日々変わらない生活をしている。
高校時代からも、どこか冷めたところがあって、
自分の身の程をわきまえていた。。。
それが、保守的で、物分りのよさがいけ好かなかった。


そういう静かな生活に我慢できない。
いつまでも、ないものねだりのやりたいこと探し。
不満足の連続。新しいことへの探求。安定よりは、刺激。
人生はチャレンジしたものが勝ち。やりたいことはやらねば!

僕のアドバイスは、その友人のものとは正反対であったらしい。

我慢するのも辛いけど、
刺激のある道を歩くのも、不安定である。

ふーっと、電話を終えて深いため息をついて、
モルトを一杯飲みたくなった。

人生という道は、結果が異なる分かれ道をいつでも用意している。

彼はどちらを選択するのだろうか。
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コメント

あげあしかな。

逆に言うとさ、結果が決まっていたかもしれないけれども、
選択の道に意味を見出すのが人生かもしんないよね。

「結果よければすべてよし」って言う言葉は
ある意味、真の的を得ていると思うときがあるのだけれども、
それって
「結果をどれだけよいと思えるその人か」
っていう結果論に過ぎないもんね。

いえいえ、まさしくそういうもんだよね。
ありがたいコメントです。

運命に翻弄されたとしても、
納得度が高い人生ととらえた人の顔は、いい顔をしている。
人は、物語を生きていると感じるときですね。

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