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親父の存在 

年始から、重たいものが肩に乗っかっている気がして文章の趣向が違うのだけれども、ここにアップさせていただきます。澱のようなものがたまってくると、適度に吐き出す必要があると思うのです。



年末年始を長野の山奥で過ごすようになって、7年になる。
縁あって家族のように迎えてくれる宿で、東京育ちの私には田舎のかわりでもある。今年は中学生が手伝いに来ていて、珍しいなと思っていたら訳があった。

その子の両親は、スキー場近くの立派なログハウスで喫茶店をやっていて、田舎暮らしの見本のような生活をしている。妹が一人いて新年に、親父さんが晴れ着をみせにきたことを覚えている。幸福そうに見えた一家が不幸になったのは、親父さんが不動産を売却してあぶく銭が入ってきてから。

手につかないお金の魔力は人の心を蝕んでいく。若い時分に相続財産を得て、不動産管理などでゆたかな生活をしてきた親父さんは、世間知らずで、苦労を知らなかった。そこに、お金が入ったものだから生活は一変。車をジャガーに代え、英国にレンジローバーを注文し、ジョンレノンのサイン入りのレコードを高値で競り落とし、挙句に不動産投資に手を出した。

日々の贅沢な生活水準を落とすことができないから、あっという間に生活費がまわらなくなる。一家の大黒柱として家にいるのも辛くなって、家庭に帰ってこれなくなる。ちょっと仕事をするにも、経験がないからうまくいかない。精神的に追い詰められて、気が触れてしまい精神病院で養生することになった。ようやく回復し退院するのに、迎えに行った奥さんの車で帰る途中に親父さんは山へ逃亡。そこから自宅まで山をつたってきて、家族がいないあいだに自宅に戻っては食べ物を漁り、一週間ぐらい野山で生活していた。

何とか自宅に戻って生活を立て直そうにも、親父さんにはもはや生きる気力もない。

それから1ヶ月後、家族が目を離した隙に、裏山の木に縄をかけて首をつっていた・・・

のんびりと平和そうにみえる村で殺伐とした話を聞いたせいか、私にはどこか腑に落ちなかった。人の見栄や虚飾が、住む場所や自然の大きさで変わるわけではない。海外の貧乏な町で見かける裸足の子どもたちの目を覗きみて、心はピュアで美しいと妄想する先進国の独善的なロマンチシズムと同じだ。みな同じ人間。そうわかっていても、納得がいかないのはなぜだろう。

加えて、不動産投資は金融商品と比べて販売に関する規制が緩い。コンプライアンスの重視が貸し手にも求められ、運用の成果だけでなくリスクやデメリットの説明にも厳格さを求める金融商品に対して、不動産の売買には悪意ある業者が入り込む余地がまだある。ここまで食い物にされる前に、あの親父さんの目を覚まさせるべく忠告した人が周りにいなかったのかと、悔やまれる話でもあった。




先日が親父の誕生日で、福島の銘酒「飛露喜」をもって実家で一杯やってきた。
ゆく道すがら家族がいる幸せが、親父のいないあの子にはこの楽しみがないのだなと、当たり前のことに感謝をした。一人で生きていると勘違いして、細々した雑事を煩わしく思った自分がなんて罰当たりなんだろうと。



自然の中で身も心も軽くしてくるはずが、重くなってしまったのでここで軽くさせてもらいました。
文中にある「飛露喜」は、ネットでもプレミアムがつくような美味しいお酒で、普通の店には置いていません。すっきりとしていて、米くさくなく、でも味がしっかりしている日本酒です。ぜひ、オススメです。
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