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美食?いやみ?偏屈? 

最近、肩幅が広がり、胸が出てきました。

ちょうど、何かを登りはじめてから、
1年が経ったようです。

少しは、強くなったのだろうか。

20061024224042.jpg
(ボートがうかぶ井の頭公園)

実家にいる弟のダイエットも順調のようで、
一切の「酒抜き、ご飯などの炭水化物抜き」のメニューで
5キロ体重を落としたと、天ぷらを食べながら母から聞きました。
体育会のフェンシング部にいた彼のことだから、リーマン体型を
元に戻すために必要な精神力は、十分だろう。
軟弱なダイエットじゃないところが、男として尊敬しますね。

体の変化は、精神の変化よりも、
わかりやすく、正直で裏切らないですから。


さて、食べ物全般のこだわりについて書いてみました。

うるさいぐらいに「食に偏った人間」と毎週一緒にいるので、
食べ物について考えることが多くなったのかなと思ったのですが
実家でよく話すことも、食にまつわることが多いことに気がつきました。

四ツ谷の「のらや」といううどん屋で、
考えたことはこんなことでした。


■美食?いやみ?偏屈?

一人で暮らすようになって、
ゲストを招いて飲み食いをすると、酒も出す。

で、思うところ。

この人は、酔うために酒を飲んでいるのかな、と。

ボトルを自分のとなりにキープして、
だばだばグラスに注いで、がぶがぶ飲んでいる姿を見ていると、
酒へのこだわりが人によって違うことがわかる。

F1010012.jpg
(グレンリベット18年)

その場で、お前その酒、高いんだぞ!

とは、言いません。

せっかく来てくれたし、ゲストだからね。

飲み方を指南してウンチクを語るのは、好きじゃない。

場の雰囲気を壊すからね。

何かを語りだそうという瞬間で、野暮なことをしたくない。

それなら、外で飲めばよいのだからさ。

あくまでも、ゲストだから・・・

でも、口に運ぶものへの愛着というか、
興味がないのもつまらないと思うんだよね。

酒に限らず、美味しいものを選ぶのも、
どうせ毎日口にするもの、食べなきゃ生きていけないんだから、
ちょっと大事にしてみよう、と。

20061024224035.jpg
(ほくほくして美味しい旬のむかご)

本を読まない人生が、貧しい人生だと
一般的に思われるのと同じように、
食にこだわらない人生も貧しいのだと思う。

美味しいものを、同じフィーリングで、
「あれって、おいしいかったよね」「これ、おいしいね」
と、たがいに顔をほころばせる瞬間は、
映画や本をとおして、人との距離を縮めるのとおなじなのだ。

一流のバーテンが、ここぞというときに、
ベストな組み合わせのカクテルやモルトを選ぶように、
過去に体験した美味しい店や贈り物を、
その人に合わせて選べるかどうか。

他者を知るために、服装や趣味だけでなく
一緒に食べたものへのお互いの共感もまた、
人への愛情への入り口なんだ。

大げさにいってしまえば、

「人の飲食のあり方は、人の生き方そのものだ。」

世界中を旅していても、
1つとして同じ食べ物はないし、食べ方もない。

同じ日本人でも、同じ家族でも、すべてまったく同じに
食事をするわけではなく、一人ひとりが個性的だ。

たぐいまれな出逢いの中で、
「あれって美味しいよね!」と
深いところで共感できる人と理解しあうその瞬間。

それはきっと、人生の喜びの一つだろう。

これから寒くはなるけれど、食べ物が美味しくなる季節。

うまい食事で、酒も旨くなる。

あなたとその瞬間を分かち合いたいと思う。
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コメント

懐かしいぞ!

ああ!私の庭、井の頭公園♪

食事でもお酒でもデザートでも
じっくり味わうのが、作り手への敬意、みたいな感じかな。大げさだけど。
そして作り手だけでなく、その場を提供してくれた人にも感謝する意味もある、かな。
一緒に時間を共にする人への礼儀、というんだろうか。

そういう気持ちがベースにあって
なお「これ、おいしいよね」とか「居心地がいいね」なんて共感・共鳴できたら、すご~くうれしい♪

なんでも咀嚼して味わわないとね。
料理も酒も映画も本も。
仕事も、か(笑)
ひ~~~~(爆)

うさ

まあ、またもやサコが出ているのは気のせいか。

仕事であり、ライフワークであり。
どうやら、当方は「食」ってものにこだわらなきゃいけない人生の様です。

母親の実家が魚屋で、余った高級魚をガキの頃から普通に食べて、
小学生の頃から「美味しんぼ」を読み始めた時点で、既に生きる道は決まっていたようです。

でも、それでいいと思う。

アイラに行った時、カリラ蒸留所で「カリラ12y」を飲んだ時の感動は、何物にも替え難いものです。
初めて呼子のイカを食べた時、初めて本気で美味いと思えるうどんを食べた時、明治屋のヌーボージャムのブルーベリーを食べた時、箱根の「オーベルジュ・オー・ミラドー」のコースを食べた時、旬の時期に詰めたサンマの缶詰でも。
3万円のコースでも100円の缶詰でも、美味いものは美味い。

お金をかけて行った場所で味わったものと同じように、100円の缶詰でも美味いと思える人間でありたい。

この間、親戚から新米を貰いました。「農家が自分の家用に作った外には売らない本気スペックの米」だ。
すげーよこれ。農家は毎日こんな米食ってんのかって思ったよ。

>うささま

あらあら、懐かしかったですか?

井の頭公園の写真は、
挿絵として、行動範囲の中で撮った写真を載せてみたのです。
それにしても吉祥寺は人が多く、公園も人ごみで
ゆっくりできない場所でした。ちょっとした観光地ですね。

このブログも酒、食べ物に言及することが多いので、
根底にあるものを探して、書いてみました。
仕事も、共感ですか・・・うーーむw


>さこ。さま

言葉でつながることもできるけれど、
食でつながることは、生活をともにすることですね。

日々、体にとりいれるものに妥協なく、
健康的にいきたいものです。

「美味しんぼ」は、小学生のころからテレビで、
漫画でよくみていたよ。大人になるにつれ、
あこがれていたあの世界に近づいていくようで、
わくわくしています。年をとってから、経験をつんで
楽しめることもある。店もある。
前回のてんぷら屋では、「うむ、これは?」
と思わず言いそうになったよ。

こだわりすぎずに、こだわりたい食生活です。

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