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911---5年前の今日--- 

遠く離れた国の出来事でしたが、
その衝撃はこの胸に突き刺さりました。

事件の後に、現地を訪問した人間として、
一言、書かせてください。



何していたか、おぼえてる?

20060912014319.jpg

ボクは、パソコンの前にいて
コーヒーを飲んでいた。

なにか、すごいことが起きているらしいと、
当時、バーテンをしていたサコさんから、
電話があった。


---サコさんの証言---
あの時は、、、。

まだ、入社前でバーテンやってた。
学校が終わって、19時くらいから店に
入ってたような気がする。

一人でお店をまかされて、
いつもの常連さんと話をしていた。
いつもの場所のいつもの光景。

22時過ぎくらいに
ふらっと来た新規のお客さんから情報を聞いたけれど、
その人の情報も曖昧で。
「貿易センタービル?浜松町の?」くらいしか思わなかった。

まだ情報が錯綜している時で、
TVもラジオも無いお店だったからね。
映像も音声も何も無いから、
ジョークのようにしか聞こえず、
まるで実感が湧かなかったのを記憶しているよ。

曖昧な情報のまま、常連さんの一人が帰って。
家でテレビを観てたらもう一機が突っ込んだって
電話で教えてくれた。

よく分からなかったけれど、
どうやら大変な事が起きてるって事だけは分かって。
とりあえず、誰でもいいから知ってそうな人に電話した気がする。


それを受けたのが、僕だ。

それでテレビをつけたのだ。

テレビは、2機目が突っ込む瞬間を繰り返していて、
アナウンサーが叫んでいた。

飛行機を食べてしまったかのように見えた巨大なビルは、
ボクがテレビをつけている間は、崩壊していなかった。

赤々と、傷口だけを広げていた。

翌朝、崩壊の映像を何度もテレビは流していた。


希望を持ってはじまった2001年が、
時代が変わるといわれたその年が、
悪い意味での時代の転換点となった。

あれから5年。

私は、2003年10月に911の悲劇の
その場所に立っていた。

20060912014209.jpg
何かがその場所にあって、今はない違和感。

20060912014229.jpg
工事が進められる跡地。

20060912014151.jpg 20060912014132.jpg
近くにある教会に飾りの様子。

10月でも冬の気配のある寒い日に現地を巡った。
5年前のあの日から、2年経ったニューヨーク。

すでに、イラク戦争に突入し、
テロが頻発する世界になっていた。

なんだろう。

どう考えたらいいんだろう。

なにかしなきゃという気持ちだけはあった。

この世界をちょっとでも変えてやると、
がむしゃらだったあのとき。

大人ぶって、わかった気になろうとする
自分が一番嫌いだった。


直木賞をとった森絵都氏の
「風に舞い上がるビニールシート」では、
日本の平和と世界の悲劇を見事に対比させている。

416.jpg
現場で働く国連職員の命を賭した使命感と、
小さな家庭で幸福を守りたかった主人公の気持ち。

使命感に燃える男と家庭を守りたい女との違いだけでなく、
それは、「自己犠牲的にボランティアをする人間」と、
「自分の生活を守ろうとする人間」
の対比のようにもみえる。

「仕事も満足にできないのに、なにがNGOだ!」
と、前の職場で上司に激怒されたこともあったっけ。

仕事の面白さがわかる前だったから、その上司ですら、
自分の生活を守ろうとする小さな人間のように見えた。

笑われちゃいそうだけど、
そのときは本気でそう思っていた。

実際に物が動き、人が動き、善意で小さな援助ができたから、
調子にのって、動いていた。

「こりゃ、仕事をしている場合じゃない」と、
自分の使命感に達観していた。

「風に舞い上がるビニールシート」にもどると、
主人公の女性の気持ちが今は、よくわかる。
以前は、小さく見えた人たちの気持ちだ。

無力な自分が世界の巨大な悲劇ために、
何もできないかもしれないと、
あきらめも含めた謙虚な気持ちで、
世界を眺めている今は、
どちらかというとほっとしているのだ。

あの時の熱が冷めたというか。

でも、何かできることはあるよなぁ…
と熱い希望を持ちつつ。

 米国の覇権主義の崩壊とか、
 グローバル化の進展とか、
 インターネットの発達とか、
 イスラムの民主化の失敗とか、、、


理由を探すことよりも、やることはある。

 鉄を発見して、刀を作り、人を斬り、
 火薬を発明して、爆弾ができ、人を焼き
 薬品を開発して、毒ガスを作り、人を苦しめ
 物理を研究して、核兵器が、人を消した。
 武器が小さくなると、個人がテロをおこした。


と過去を振り返るよりも、
未来を信じるのは、自分しかいない。

日付を手で書くときに9月9日、9月10日と続くと、
次はあの日がくると、
あの日のサコさんからの電話とテレビを思い出す。


今僕ができることは、小さな自分の世界から、
巡り巡ってどこかの国を助けていると信じることだ。

1年に一度、考える日があってもいい。

5年間がたったあの日から、
今朝から僕の頭の中にどーっと流れ込んできた
ことはこういうことでした。

しんみりさせてしまったら、ごめんなさい。

20060912014245.jpg
光でWTCを再現したTRIBUTE IN LIGHTの写真と、
ささげられたバラの花束。

すべての犠牲者のために・・・
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コメント

「すべての基本は

日々の生活にある」
世界を股にかけて活躍する国際人も、最先端を開発する研究者も、各国と折衝する政治家も、そして、テロリストも。みんな人の子で、日々生活しながら育つ。その人なりの思考を身に付けてゆく。

生活って、大事なんだ。

敵も味方もなくって、
すべての事件は人間が起こしたこと。
すべての人が、当たり前のように生活をしている、もとは、普通の人なんだと・・・

性善説で、考えていたいものですね。

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