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坂東真砂子氏「子猫殺し」のコラム 

先週夕刊を読んで、
よく日経が載せたなーとおもったら、
やっぱりブログ上では炎上しまくり。

読んでいない人は、こちらで。

記事全文
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/770743.html

批判殺到との記事
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20060824-79900.html

論点は、
坂東氏は、子猫殺しも不妊手術も罪であるして、
より自分が納得できる「子猫殺し」を選んだ。
世間的には、子猫を殺すことは悪であり、
不妊手術は、認められる手段である。

だから、炎上しまくりなんでしょう。

優しさや愛とかをテーマにした、
ふだん静かなで愛に満ちているブログで、
特に激しく厳しい言葉で非難しているのをよく見かけた。

非難の言葉に、自分の主張する正義を疑わず、
安全地帯からの攻撃のようにボクには見えた。
今までの言葉は、何だったのだろうって。

坂東氏に賛意を表すことが、
非国民であるかのごとくに。

そういう有無をいわせない言葉の羅列が、
殺伐としていて、さびしかった。

>なんとなく来てしまった人へ。
 何かのきっかけで、読んでしまって、これは言いたいと思ったことがあれば、
 遠慮なく、書いてくれませんか?それも、なにかの縁だと思うのです。




この事件で、新聞社に抗議の電話をした友達と
週の初めに飲みに行った。

がぶ飲みペースの日本酒。

心優しい彼の憤りが伝わった。

それだけでなく、彼の好きな作家の田口ランディ氏が、
坂東氏の意見に肯定的な意見なことにも悩んでいた。

優しいなぁ。。
行動をおこしたことも。。。

子猫のために戦えるんだからね。

そういう男といっしょに飲んでいると
ボクの冷たさと人間の小ささがいやになるぐらいだ。

本件に対するボクの意見をあかせば、
子猫殺しは生理的に自ら手を下すことはできないので、
子猫殺しには反対の立場である。
ただ、ちょっと違うのは、批判をするというよりも、
気持ちをよく考えると「腹立たしい」と思ったことだ。

正義を信じて疑わず「子猫殺し」に罵声の声と、
その意見に反対する荒々しい言葉の両方に。

議論に対してね。

今回の坂東氏の事件を考えると、
あの文章を読んだ人がどういう思いになって、
どれだけの人がキズをつくかということだ。

坂東氏は、他人の気持ちを省みずに
彼女の感性を振りかざしている。

他の人の感性で、どう思うか?

人は、だれでも社会の構成している人を、
傷つける権利はない。

そういうことだと思うのです。

むろん議論の発端となった書き手の坂東氏と同じぐらいに、
掲載を決めた人にも問題がある。

書いちゃいけないこともある。

書いても、載せてはいけないことがある。

世間には、いろんな人がいて、相容れない人もいっぱいいる。

それでも、同じ心を持った気のあう仲間を見つけて、
小さなコミュニティーを作って、生活しているわけだ。

その一人、一部でも、反社会的な行動をするだけで、
社会は傷つき、揺らぐ。

ボクが「腹立たしい」と思ったのは、
作家と新聞社の鈍感さに対してである。


腹立たしいけれど、その鈍感さのおかげで
すこし家族のきずなを偶然にも強くすることができた。

それは、母親へのメールではじまる。

罵詈雑言が激しいネット上から目をそらして、
たまには母親の意見をメールで聞いてみた。

夏休みの宿題として。



(以下、母親からの返信)
糾弾されることを覚悟しても、
なぜ書いたのでしょうね。

胃癌の人は胃をとり、腎臓病の人は一つ腎臓を取る。
どうして取らなければいけなかったのだろうと、
口に出さないけれど思うでしょう。

ピアスの弟に「親からももらった体」
に傷をつけてはいけないと言いました。

「産みたいか」は猫に聞かないと、
判断できないけれど自然淘汰されない種の問題です。
自治体に委ねても、自治体という個人が手をそめることになる。

猫を人間と同格と考える坂東さんに賛成です。

犬猫を「この子」と言いながら、
ペットなんだと思っている人が、憤慨しているのでしょう。
そうは言っても私だって、飼うことにしたら手術を受けさせます。
こういう問題提起は、極端から極端に分かれるから、
文章にしないほうが良かったのにと思います。

でも、このコラムを読んだから、人は考えたり
批判したのです。
普段は意識にも止めていませんもの。

内膜症の痛みで貴方達の子育てに、
支障をきたしかねなかったので、
決心して子宮を摘出した母より。
そうだから賛成なのではありませんよ。





母親の子宮がないことを、いま知った。

男の兄弟2人、しかも“としご”。
力がありあまる時期の子育ては、きっと大変だったろう。

親父も元気でいるけれど、
高校生時代の我が家の荒れ方は半端じゃなかった。

家が壊れるのではと思うような、
取っ組み合いを弟として、もうやばいなと思ったら、
急に周りが見えるようになったのを今でも覚えている。

で、母親の子宮がないことを、いま知った。。。

その痛みを、男ばかりの家族の誰が分かち合えただろう。

つらかったろうな。

ケータイの先に母親が待っているように思えて、
いたたまれなくなって、こんなメールをかえした。



(以下返信メール)
宿題ありがとう!

昨日は、この件で新聞社に電話をした奴と
飲んでいました。

結論は、書かなくてよい、載せなくてよい
だったと思います。

かあちゃんの体もそうだったとは、
聞いてびっくりでした。辛かったでしょう。

大変お世話になりました(笑)
俺は、かあちゃんでよかったと、ほんと思います。

ありがとう!




会話がふっと途切れた怖さに、
言葉を強引にひねり出して、作った情けない返信文。

これ以上、言葉は浮かばなかった。

20060902011721.jpg




ややしてから、母親から返信アリ。

「ちょっと涙がうかびました。」

と、開いたメールの言葉たちが輝いていた。

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コメント

とても複雑な問題なので、賢くない私としてはコメントが難しいところなんですが、なんか、書かずにはいられなくって、書いています。

まず、自分のことを考えました。

>坂東氏は、他人の気持ちを省みずに
>彼女の感性を振りかざしている。
>他の人の感性で、どう思うか?

以前、やまぎさんが
「文章は書き手のもとを離れると
読み手のものとなる」と言っていたことを思い出しました。
私は、そうだなぁと思いながらも、実感していなかったのですが、
今回のことと関連付けて考えた時、やっと分かったような気がします。
私は「文章のプロで、公に発信している人なら、そういうことになるのだろうな」と解釈していたのですが、どうやらそうではないのかなぁと。
例えば、不特定多数が覗くことになるブログなんかも、個人的なものだけれども、感性や考え方の違いで、読んだり見たりした相手に「違和感」や「嫌悪感」を与えることもあるのでは、と省みるきっかけになりました。
もしも、やまぎさんに少しでもそういうものを感じさせてしまったとしたら、と思うと、申し訳ない気がします。

あと、
>優しいなぁ。。
>行動をおこしたことも。。。
>子猫のために戦えるんだからね。
>そういう男といっしょに飲んでいると ボクの冷たさと人間の小ささがいやになるぐらいだ。

と書かれていますが、
やまぎさんにはやまぎさんの、あたたかさ、大きさがあると思いますよ。
それが現れる部分が彼とは違うだけでね。

一旦終えて、本題に入ります。


まず、
>非難の言葉に、自分の主張する正義>を疑わず、安全地帯からの攻撃のよう>にボクには見えた。

坂東氏は自身を公表しているのに、批判する側は匿名である、ということに対してアンフェア感は確かにあると思いますが、こういった「陰口」的発言はどこにでもあるものだと思います。仕方のないことだなぁ、と。卑怯だけれども。
ただ、目を通していて、どんどん論議するべき内容から外れていって、相手の容姿であるとか、以前の作品に対してまで罵倒するようなことを書いていたりするのを見ると、「程度が低すぎる」と感じますね。これじゃ、オゲレツな悪口大会に過ぎない(笑)

また、坂東氏がどうしてこういう発言をしたのか、という「ものごとの裏側」を推測する想像力に欠けているとも思うのです。

>糾弾されることを覚悟しても、
>なぜ書いたのでしょうね。
>でも、このコラムを読んだから、人>は考えたり 批判したのです。
>普段は意識にも止めていませんもの。

と、やまぎさんのお母様もメールで書かれているように、坂東氏も、そして記事を載せた新聞社もいわゆる「プロ」です。「プロ」は失敗しないのか?判断を誤らないのか?というとそうではないけれども、やはりなにか意図するものが確実にあったような気がするのです。

靖国問題にしろ死刑制度にしろ、なんにしろ物事は立場が変わると、見方・捉え方も変わる。
人の考え方、立場は様々で、だから面白いし、世の中成り立っているんだと思います。(今回のことは面白がってはいけないけれど)
でも、違った考え・違った立場の人間の集合体だからこそ、世の中にはルールが必要で、それの最たるものが「法律」ですよね。
「人を殺してはいけない」のは当たり前だけど「では何故殺してはいけないの?」と疑問に思う人がいるのも事実だし。(これだけいろんな人がいるんですから)それをちゃんと説明・説得できる人が果たしているのか。だから法律で決め事を定める。
「殺す」ことは人でも猫でもいけないことだとみんな漠然と分かってる。他者の命を奪うことだから。でも、その理由となると、どうなんでしょう。様々な事情がある。だから事件も起こる。こういうことも起こる。
本当に結論付けられないほど、奥底を覗けば覗くほど、難しい問題です。


最後に・・・

>会話がふっと途切れた怖さに、
>言葉を強引にひねり出して、作った>情けない返信文。

こういった「照れ臭さ」が、いつでも付きまとうよね、親子って(笑)判ります~♪

いい親子関係を築いているなぁ、と羨ましく思いました。
いままでそりゃ、いろいろとあったでしょうけど、だからこそ「家族の絆」が深まっていくのではないかと。
なんだか、オバサン発言ですね(苦笑)ありきたりだし(笑)

「人の立場」の話しをしたけど、私も子供を授かって、やっと親の「輪郭」がはっきりと見えたと思っています。
苦悩、苦労、それから、悦び。
「無償に注いでやれる相手」を得ることで、人間は強くなるし、本当の優しさを知るんだと思います。
子供は生まれた瞬間に、すでに親孝行は果たしている、と聞いたことがあります。(そんなこと、子供が口にしたら、親は怒るでしょうね笑)

捩れて絡んだスパイラルのような話題の後に、こうやって「優しい」間を作る。
やっぱりやまぎさんは、温かい人ですよ(笑)ブログ作りでも見て取れますもの(笑)




お返事

>うさぎさま
丁寧なコメントありがとうございます。
人によって見方、考え方も違いますが、
法律もまた1つの見方に過ぎないと。一応の基準ですが。
今回の件で、ある一方にくみできないのも、
自分が当事者でないということもあるかもしれません。

うさぎさんがおっしゃるように、匿名の陰に隠れて
思うままに人を批判するようなことだけはしたくないですね。
家族の件まで含めて、複雑にしてしまいましたが、
答えのない、言葉にしにくい、何かが伝わったかな。

テクノラティでは、本件が上位のようで、
多くの人がブログを更新しているようです。
ブログを外部に発信するものとして、日経新聞の読者として、
恥ずかしながら、自分の意見を表明させていただきました。

はじめまして

なんとなく来てしまった人、ではないです。いつも更新されるのを楽しみにして読ませて頂いてますが、コメントは初めてです。

猫殺しに関する記事を読んで、大学時代の経験を思い出しました。
被差別部落について考える授業で、芝浦にあると殺場を見学に行き、実際にそこで働く人の話を聞きました。

牛や豚を捌く(殺す)ことを職業としている人達が差別を受けている現状。
結婚する時に、職業を言うと破談になってしまうこともある。
また、子供が学校でいじめられないようにお父さんは東京都の職員と教えて、本当の仕事の内容は隠している人もいる。
そんな話を聞きました。

でも、差別をしている人は、その人が捌いた肉を食べている。
肉を食べていながら、生き物を食肉に加工している人を否定しているのです。

まさに、自分達は楽なところから言いたいことだけ言っている。

本当に心から人の行動を変えたい、意見を主張したいと思うのであれば、まずは自分の立ち位置を明確にして、真剣に関わるということが必要なのだと感じました。

ザオウ、お久しぶり。
私は何よりもザオウのお母様の
強さと包容力に感動しました。
 母親って、すごいね。
そんな女性になりたいです。

感謝→コメント


>ごろごろりんさま
初めまして。
そして、コメントをどうもありがとうございます。
この問題をブログで発言するにあたり、
ネット上で話題になっているだけに慎重になりました。
それでも、発信するからには、読んだ人からも
率直にご意見をいただき、自分の意見を深めたいとの思いから
「なんとなく来てしまった人へ」と言葉を添えさせていただきました。
答えてくださって、ありがとうございます。

口で差別反対と言うのと、それを「本当に心から」思って、
行動を起こすのは、別の行為のように思います。
差別されている人と同じ目線にたてているかどうかは、
同じように苦しまなければわからないものなのでしょうか。
私には、わかりません。

この「子猫殺し」の記事には、私が坂東氏の論理的矛盾を指摘したり、
本質的な解決の方法を示していないのは、
私に「書くに値する当事者意識」が欠如しているからでしょう。

それでも、何かの役に立っていると思えばこその発信でした。
これからも、よろしくお願いします。

>ゆかりさま
ごぶさたですね。
いやはや、私の母親の株は、ネット上でうなぎのぼりです。
昔は、怖かったです。今は、よい相談相手です。
じゃ、ゆかりも結婚か?

なんとなく来てしまった者です

というよりも、さる方に紹介されたといってもいいかもしれません。
この件についてのこちらのご意見が「冷静で読み応えがある」とのことを風の便りにお聞きしたものですから・・・
お優しい方でいらっしゃるのだな、というのが最初の印象でした。
「読後の後味の悪さ」を慮り、それを書くこと載せることへの疑問を提言させている点、お友達を初めとする多くの読者への気配りが感じられて、とても好感を持ちました。
ただ作家の方も「自分独りの心の内にしまっておけなくなった」のかもしれません。そんな気がしました。そこを押さえて我慢するのが「人の道」なのかもしれませんし、公表してしまったのは彼女の我侭なのかもしれませんけれど。少なくとも自分の行為を多くの人に肯定して欲しかっただけではないような気が私にはします。
長々、すみません。
実は私もこの件に関して遅ればせながら文章を書いてみたのです。失礼ながらその中でこちらをリンクさせていただきましたのでトラックバックをさせていただきます。
もしお時間がおありになったら覗いてみてくださると大変嬉しいです。どうぞよろしくお願い致します。

お礼

>ぞふぃさま
初めまして。
コメントとトラックバックありがとうございます。
Linさんのブログも拝見し、結構多くの方に
読んでいただいている事がわかりました。
ありがとうございます。

普段は、酒系ブログなので、
めったに書かないテーマなのですが、
思わず書かずにいられなかったというところです。
それは、ぞふぃさんがご指摘されるように、
坂東氏もまた同じ衝動だったのでしょう。

本文にコメントをつけさせていただきますね。

はじめまして。Yahoo!検索で知ってうかがいました。

このドタバタ騒ぎの報道に接して、一番に思ったことは、こうでした。
タヒチで作家がネコを殺している。
レバノンでイスラエルが何人もの子供を殺している。
レバノンの子供を救うための抗議の声はあがらないが、タヒチの子猫殺しにはなんと多くの非難の声があがっているのか。作者の人格から存在まで否定している日本の声。

その考えが頭に浮かんだとたん、私は、ほんとうに「黒い笑い」に襲われました。

イラクで人質にされた3人へのバッシングとなにか似てますね。

>hainekoさま
コメントが遅くなりまして、すみません。

人は、見たいものだけを見て、
いいたいことだけを言う。

そういうことにいつでも注意をはらっていたいものですね。
コメントを戴きまして、
ありがとうございました。

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冷たい人間

 つい先日のこと。  愛読しているエッセイコーナーに掲載されたある文章が  とん
  • [2006/09/05 17:04]
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