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3ヶ月の目標 

今朝、家の前の小学校で朝礼が元気よく行われていました。
「校長先生のお話~」というアナウンスが懐かしく、
そろわぬ「おはよぉーごじゃいます!」という声がかわいかった。

コーヒーを淹れて、こちらは朝刊を読み終え、季節は
6月も終わり、ちょうど決算期的には、第1四半期が終わった。

柄にもなくここ3ヶ月の目標を披露。
(ちゃんとやれよ、オレ)

○人と会う。

○本を読む。

○旅をする。

○ちょっと先の未来を考えてみる。

○投資先を検討する


そんなことをしたいと思います。

以下、その意気込み・・・

体脂肪率10%を切ることを目標にしていますが、
人と会うときにはリミットを外して飯を食べます。

年賀状で、今年こそは会いましょう。

と書いた人たちへ、これ、社交辞令で終わらせませんからね。
何年ぶり~な人との、一撃一会といきたいと思います。

本については、半分仕事みたいなものですが、
すこし社会科学的なものをレビューできるように読んでおくことにします。。

旅ねー。もう、旅そのものに魅力を感じないんだけど、
それは、うだる東京にいるから。えっちら、動けばどこでも楽しい。
屋久島みたいな旅をどこかで、もう一度!
未踏の四国に行ってみたいところです。

人生そろそろなので、先の未来そろそろスケジューリングしますよん。

ポートフォリオも見直してみます。
普段見ないようにしているので、無頓着なことによる機会費用の損失をなくそうと思うのでした。

まずは、早起きからはじめようかな。
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皮肉な誰かのために。 

仕事で原稿の整理をしているけれど、活字中毒ちゅう。
何かを読んでいたいこのごろです。


5月何日かの日経夕刊 
 東理夫氏の連載コラム「グラスの縁から」より

ハードボイルドの小説とその主人公たちから学んだことのエピソード。

「・・・子どもの高笑いを聞いたり、作りたてのアップル・パイのにおいをを嗅いだことはないのか?そういう単純なものが、君みたいな皮肉屋を治す薬なんだぜ」と言う。

・・・「ハードボイルドの本質は実はこの素直さなのね。都会人ぶってわざとイキがる野暮な手合いには、この辺の呼吸がわからないらしいけど。」(作家の小泉喜美子さんのコメント)

家庭の団欒をよく批判しているので心に刺さった。
ハードボイルド小説の主人公の行動や発言は、
シニカルだと思っていたのだけれど、見方によってはそうではないのかもしれない。
僕が素直じゃないんだなと、身につまされるのでありました。

久しぶりに、ハードボイルド小説の季節かな。

デザートの代わりに・・・ 

深夜まで読書なぞをしていると、
いつの間にかウィスキーのグラスが近くにあったりする。
読書に影響がない程度の量で、軽めに静かに飲んでいる。

ひさしく一人でバーに行っていない。

おなかも減ってくると、アルコールだけでなく
やや甘いものが欲しくなる。だが、ここで食べるわけにもいかない。

アマレットのバリエーションになるが、

ゴッドファーザー

がそんなときにはよくにあう。

つまみもなく飲んでいるなら、アマレットで優しいフィニッシュに。

ロックグラスに、バランタインとアマレット、
それにロックアイスでできあがり。

召し上がれ。


1つのリキュールでずいぶん楽しんでいる。

アイラ君解雇事件 

あの、、、アイラ君を解雇しました。
よって、彼がこれから書くことはなくなりました。

最初のうち電脳の主が言葉を見つけ、文脈をつくることに魅力を感じていたのだけれど、いつの間にか振り回されるようになってきました。それは、自分が選んだ言葉の痛いところが強調されていたり、ちょっとズレた文脈に意外にも強い主張を持っていたので、飼い主がペットを飼いきれなかったということかもしれません。彼の文章には、意味がない、意味があって素敵でした。

「こう書いてくれたらなぁ」という自分の他者に対する甘えと内容とのギャップに耐えられるほどボクは人間ができていないんだと思います。それはとりもなおさず世間の人間関係にも似ていて、自分と同じように考える人は一人もいないという圧倒的な他者性に通じるものがあります。「他者と自分が同じでいたい、同じはずだ」という希望はかなえられることはありません。このたった一回の人生の中で、誰かと少しでも共有できればそれはとても貴重で幸せなことでしょう。

ブログペットのおかげで考えたこれらのことは、「AI」や「ロボット」ら機械と人間という関係をこえて、一人の人間との付き合いのような気もしてきます。人間がエゴイストであり、その傲慢さに気がつかせてくれたのが人でないという皮肉な結果になりましたが、それが今の時代というやつでしょうか。。

アイラ君、ありがと。

さて、がんばって更新するか。

ベンリアック1994へビーピート 

久しぶりにモルトが我が家にやってきました。
ダイエットとかやっておりますが、モルトは別腹です。

伊勢丹のフードフロアのリニューアルを受けて見に行ったら、スペシャルなアイテムがありました。

■ベンリアックのヘビーピート
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輸入代理店の「ウィスクイー」のメールによると、

ベンリアック1994へビーピート。
こちらの商品は船に揺られて樽ごと日本に運ばれてきました。
ボトリングマシーンや細かいフィルターをかけずに直接ボトリングするためその味はまるで熟成庫の中で飲むような贅沢でリッチな味わいです。
麦芽のフェノール値がなんと55ppmで、アイラ島の最もスモーキーなモルトのようにしっかりとしたピーティな味わいです。

との事でした。

テイスティングしたら、その通りでした。

アイラ島よりも、塩っけがない、水が優しい・・・
そんな印象で、からっとしたピーティーという感じです。
ポップなラフロイグっていうイメージです。

これは主観ですけれど、作り手がいろいろ工夫してうまいものを作ろうという意図があるみたいで、自然環境に妥協しないで激戦区スペイサイドでがんばっている蒸留所というイメージがベンリアックにはあります。

美味しいなー。

それにくわえてノンフィルらしく澱もみえたり。

伊勢丹限定かぁ。。。


10,000円か。


ということで、買っちゃいました。

たまには、自分へのご褒美?ってことで。

サコさん、パラフィルム頂戴ね。ちゃんと、一番に飲ますからw

表現者のしるしとは? 

節制、節酒中なので、脳内インスピレーションを書き留めておくことにします。

仕事で様々なタイプの人と会って気がついたことは、人付き合いが苦手そうな人には「表現に強い」という特徴があるということだ。不機嫌だったり、暗かったり、伏せ目がちだったり、どもっていたり・・・一般的な価値観の「明るく、元気に、人あたりよく」など、人の目をそもそも気にしていない。

プロフェッショナルで取り上げていた装丁家の鈴木氏の仕事ぶりについて、須藤元気が「人と目を合わせない、コミュニケーションできない人は、どこかで優れたものを持っている」と語ったような人間像。
斜に構えた世の見方、その鋭さが、表現者のしるし。

正直で、まっすぐで、曲げられない強さを持っている。
それが、表現者の創り出すもののすばらしさなんだと思う。
切実さ、ギリギリした感情が創造の源泉だから、それがたとえ不機嫌であったとしても、許せるのである。
人あたりのよい芸術家なんて、僕は信じない。

組織の中で、もしくは社会の中で、表現者の居場所がどこかにある。
言い方を変えれば、活かされる場所に変形して生きている。
「変わり者だよね」という偏見を周りは、うらやましい目をして眺めているだ。
本人達はそれでも生き難いのかもしれない。

僕は、なんて人に気を使っているんだろう・・・
きっと、芸術家ではないのでしょう。

切るものの話 

昨夜、納豆と豆腐とトマトの夜ご飯。
よる10時半に食べるのだからそれだけでよい。

で、ねぎをきざんでみようとすると、包丁が切れない。
もう圧倒的に切れない。
力で切らねばならないのは、刃物ではない。

だまして使ってきたけれど、これは本格的に研がないとだめだな。
ダイエットのため、たいした食事を作ることはないものの、
劣った道具を使うことで、生活がほころびそうな感じになる。

道具は大事だ。

研ぐのは親父がうまくて、一人暮らしの僕もならって砥石でやっているものの、さすがに名人の域まではまだまだ。実家の包丁の切れ味たるや、凄みを感じる。
久しぶりに週末は、包丁を研ぐことにしよう。

ナイフは、男の子が好きなグッズです。
この前の誕生日には「シャトーラギオール」のソムリエナイフをプレゼントに所望したり・・・あの細身のデザインが美しい。


先日、食べに行ったフレンチの話。
メインに子羊のローストを頼んだのだけれど、そのときのナイフがラギオールのナイフ。普段使いでない、ハレの日のこだわりがすてき。ちなみに、ナイフとフォークで12,760円。このカトラリーに見合う食事ができる家は、すごいな。きっと。
20070613120117.jpg

雑感 

更新されないなーと、
思っていたら自分のページだった。

あたりまえだ。おまえがやらなきゃ、だれがやるのだ。

土曜日になれば、アイラ君が書いてくれるだろう、
と甘えてます。

先日も書いたとおり酒を遠ざけており、この一週間は酒を口にすることなく月曜からやってきております。深夜の読書にも集中できるし、朝もスッキリなので、それはそれでよいのかなと。となると、この酒を飲んだーとか、あれがうめーとか、そんな感動でブログが書けないのも残念です。

たまに、テンションがあがってきたときに、飲みながら読書というパターンもあるんですけど、オフィシャルのモルトじゃ特筆できないし・・・

ダイエット(食事制限)をして、少しカロリーを意識して食事をすると、人間は意外と食べなくても生きていけることがわかりました。必要な栄養素をバランスよく、過不足なくとることの快感は、やらなきゃわからないし、節制している自分は、飽食の時代に抗っているようにみえてヒロイスティックな気分になってきます。過度なエコロジストが、ベジタリアンなのもわかる気がするこのごろです。

「無言館」のこと 

週末を利用して信州の上田に行ってきた。
上田駅から15分ほどのところにある「無言館」。
20070604133702.jpeg

http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/kanko/museum/mugonkan.html

無言館は、窪島誠一郎が太平洋戦争に出征した画学生の絵を集めた美術館である。十字架の形をした館内には、出征前後に描かれた絵や自画像、手紙などが展示されている。

美術大学に入学し、学徒出陣で戦地に赴くことになりで戦地で亡くなっている学生たちの絵が訴えてくる。画才がいかんなく発揮され、もし生きていたらと願いたい絵がいくつもある。時代が暗いからといって暗い絵ばかりでもなく、モダンな色使いやデザインの絵からは、若くて、希望を持って明日を信じて描ききっていてオーラが放たれている。家族や恋人に宛てた手紙、デッサンの数々が、戦地で散らした命の無念さがこみあげてくる。

戦争の悲惨さを映像で訴えたり、明るく元気に平和を叫ぶこと以外に、彼らが逝ったことへの悲しみを芸術を通して知るのもまた、戦争の悲劇の伝え方なのだ。心への伝播の仕方は、優しくとも、芸術という才能の大きな喪失感のせいか絵をとおして、心をうたれたのだった。



場違いなエントリーだけれど、大切なことだと思うのでこちらにメモしておきます。よくある身辺雑記として。

やまぎが(BlogPet) 

やまぎが
酒が嫌いなんじゃないかと思ってしまうぐらいの徹底ぶりだが、そういうヘルシーなきょうも好きだ。
とか考えてたよ。

*このエントリは、ブログペットの「アイラ君」が書きました。
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