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ブログペットを飼いました。 


下の書き込みは、ブログペットのアイラ君が、
書いてくれました。

1週間に一度、私がブログをサボっている間に、
彼が更新してくれることでしょう。

「ジンはタンカレー」の記事を参考に、
彼が作る言葉たちも、なかなかです。

なんか、照れるな。

このブログともども、
アイラ君をよろしくお願いしますね。
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強いA(BlogPet) 

きょうアイラ君が練習されたみたい…

夏は、タンカレー。
冷凍庫で、キンキンにしてトローンとしたのを感じながら、もう一口。
先ほどの一口が、ジワッとお腹にしみたころ、強いA l c o h o lのあたたかさが体じゅうに広がる。
G I Nの香りを、口と喉と鼻と体で味わう。
暑い空気に、そよ風が、さらさらと吹き抜ける。
パキーンとグラスのなかで氷がくだけた音と一緒に、G I Nのそよ風を貴方に・・やまぎより。




*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「アイラ君」が書きました。

雨の憂鬱解消法 

気分が急転直下の
沈みこみムードになりつつあります。

ちえるの日記を読んで、さらに落ちた。

先週の晴れた東京奥多摩の御岳ボルダーでの、
岩遊びの写真で気分を盛り上げてみます。

20060927184908

サコさんが、レベルの高い課題に挑戦中です。
晴れていて気持ちのよい日でした。


■雨の憂鬱解消法

どうせ、雨のことを書くんでしょう?

って、言われちゃうかな。

都会で降る雨が、苦手で、どうしても気分がふさぐ。

黒々とした空に、ビルもかげって重苦しく、
夜にもなれば、ネオンがゆがむ東京の夜。

ネクタイをした首回りがじめじめと、
不快感を増してくるのは、物理的なしめつけよりも、
心にたまった、ふだん気がつかないものを、
のど元まで押し上げてくるからだ。

あ、、、やだ、やだ。

今では、昔のように、一緒にいる人を
不快にするようなことはない(はず)。

もういい年なので
そんなことへの対処法を心得ているつもり。

美味しいものを食べに行ったり、
飲みに誰かを誘うとか、
窓の外を見なくてすむように、会社で仕事に熱中するとか。

感情の起伏が、天気のせいだと気がついたのは、
学生時代だろうか。

とりとめもなく、いろんなことを考えて、
やる気がおきずに、授業をぼんやり聞くようになるのは、
5月病の季節よりも、6月だった。

まあ、過去のことはもうよい。

とにかく、外を歩くのはよろしくない。

いっそのことアウトドアウェアに着替えて、
傘もささずに歩ければ、雨も楽しくなるんだけど。

都会に降る雨は、汚くて、生暖かくて、気持ち悪い。

山で降る雨を許せても、都会では嫌いなのだ。

世界中の人が見ることのできるブログで、
東京の局地的な天気の話をしても、
読者知らずの、独りよがりだけども。

都会の雨天が嫌いな人が他にもいればなぁと
ここに書いてみるしだい。

雨で、ブログを書かされてしまうのは、
初めてではないし、ブログが、
一つの憂鬱解消法なのかもしれません。

お付き合いさせてしまって、すみません。

コーヒーの話 

暑さが去ってほっと一息ついたときに
飲みたくなる温かい飲み物。

たまには、コーヒーの話でもしようか。

秋がしんしんと深まる夜、虫の声とともに、
コーヒーの香りが部屋に広がる。

キッチンを開放して、
あったかい空気と香りを部屋に。

冷たい風で体が冷える前に、コーヒーで温まろう。

朝のせわしない時間のコーヒーでなく、
本でも読みながら、
机にのんびり座って飲むコーヒーがいい。


秋に似合うのは、
スターバックスのエスプレッソロースト。



深煎りのコーヒーで、甘い香りが特徴。

深煎りが好きで色々試してみたが、
煎りが一番深いフレンチローストは、苦すぎ。
コーヒーの香りも、とんでしまっていた。

エスプレッソローストを、ドリップで入れる。
エスプレッソでは、濃く出てしまうから、
この口当たりの甘さと、香りの深さがほどよい。

カフェベロナも、深い香りでは負けていない。
caffe_verona.jpeg

味は、ロースト感が強くなく、飲み口のやわらかさが、
油もの中心のご飯の後に、ちょうどよくおさまる。

カフェ エスティマはその点、物足りないかな。

アジア系やハワイのココナッツのような雑味は苦手。
シンプルな味だけど、深く、
まとまわりつくぐらいの濃い香りが出て、
飲み口が、少し甘いぐらいがちょうどいい。

職場のインスタントコーヒーを飲みながら、
休憩中にさっと書いてみた。

ちょっとおいしいコーヒーになったみたいだ。

さてさて、仕事しますか。

秋の気配 

すっかり、秋めいてきましたね。

朝から家の前の小学校で運動会の練習をしていて、
ブラスバンドの音が勇ましく、高く青い空に響いています。

表彰状授与のあのメロディーは、
人の心に自尊心を与えてくれるのか、
朝からモチベーションがグーンとあがります。

さてさて、話題を2つばかり。


■ウィスキー展示会

ゲラを前に読むぞーと思ったところで、

「これ知ってる?」と、編集長より紙が・・・

それが、この展示会の申込書。

『モダン・モルト・ウィスキー・マーケット』
 平成18年9月28日(木)  12:00~18:00
場所 東京国際フォーラム 

http://www.sanyo-bussan.co.jp/news/malt.html

業界の雄であるサントリーは、
グレンフィディック蒸留所と山崎蒸留所で出展するとのこと。

なにやら、楽しそうです。

絶対に行きたいですが、平日です。

サラリーマンのボクには、
行けません。

行ってはいけません。

行ってもいいけど、行ってはなりません。

社会人として、平日の昼間から飲みに行ったら
あっちの世界から、戻ってこれない気がします。

たとえ戻ってきても、
会社に自分の席がなくなっているのは必至。


ああ、いきたいなぁ。

楽しそうな空間への想像をたくましくすると
背中の方がざわざわして、
活字に集中できなくなりました。

だれか、行く人、行ける人、申し込む人、
レポートをよろしくお願いします。
P.S
パターソンさんも来るよ!!




■子猫殺し事件 続報

先月に引続きメトロミニッツ
06_0920.jpeg

ふだんは、地下鉄を使わないのに、
毎号なんとしても欲しいフリーペーパー。
毎月、藤原新也氏のコラムが目当て。

ちょっと遅いですがと、氏も認識しながら、
子猫殺しの事件へのコラムでした。

内容は、後でブログにもアップされると思うので、
原文にて確認してもらうとして、
どうすれば、この視座を持つことができるのかなと
思考力と文章表現力に舌を巻いた。

ざわつく編集部で読みながらも、
周りの雑音が一切消えた瞬間があった。

藤原氏の社会や物事を見る目が、冷静で深くて、
納得できるなぁと。

今回の一連の事件で、自分なりに考えた事件だけに、
その差が歴然としていた。

当たり前だけど。

ああいう風に思考をたどれる人になりたい。

山帰りの献立 

先日は、北アルプスに登ってきました。

3泊4日の山旅。

槍ヶ岳・常念岳を制覇した今回の旅は、
距離や荷物の量など、かなりハードでした。


日曜日に久しぶりに帰ってきて、里でのご飯。
夜ご飯を作ります。

深刻な野菜不足と、肉不足と、アルコール不足w
そして、炊き立てのごはんへの想い。

こりゃ、ご馳走を作るしかない!!

まずは、テーブルワイン。
豪州のカベルネシラーズ。
抜栓の儀式が、料理スタートの合図。

作りながら飲みつつ。
ミディアムボディーなのに、
どっしりとしたタンニンと、酸味よりも
やや苦くて重い味の飲み口で、満足。
これで1,000円をきっているから、
コスト的にも抜群のパフォーマンス。

肉はヘルシーな鶏肉(胸肉)をチョイス。
一口大に切って、塩・コショウをふりかけ、
ローズマリーを少々、香り付けをしておく。
焼く前に小麦粉をまぶし、
フライパンでにんにくとバターを熱して、
いい香りが出たところで、肉をソテー。

野菜は、大好物のトマト、キャベツの千切り、
たまねぎは塩をふって、水でさらしたもの。
千切りは、自分用なので、あまり切れていないのも愛嬌で。

さらっと、味噌汁もつけてみる。
まだシャキシャキ感ののこるモヤシと、
油揚げのお味噌汁。体の塩分も不足しているため、
やや辛めに仕上げる。

ご飯は、圧力釜でふっくらと。

デザートには、ヨーグルトにパインの缶詰を開けて、
おなかの調子を整える。

ちょっと多いかなと出来上がりで、
こんな感じ。
PICT0195.jpg


いただきますっ!!

むしゃむしゃ、むしゃむしゃ、
ばりばり、ばりばり、がぶがぶ。

むしゃむしゃ、むしゃむしゃ、
ばりばり、ばりばり、がぶがぶ。


音楽もかけず、テレビも見ずに、
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ、
ばりばり、ばりばり、がぶがぶ。

一頭の動物みたいに、食物を真剣に摂取。
満腹中枢を刺激されるまで、手を止めず・・・

お肉の味は、ローズマリーが香りを引き立てて
想像以上に美味しかった
もっとさっぱりさせるなら、バターでなくて
オリーブにすればよかったなと、反省。

15分後・・・
「ふーーー、余は満足じゃ。」

「皿を洗うのめんどくせー」

と密かに思いつつも、
そのことには、なるべく気がつかないふりをして、
粛々と片づけをし、ストレッチをして寝たのでした。

寝るときには、体にエネルギーが
戻ってきたことを実感したご飯でした。

パワーディナー、ここにあり。

911---5年前の今日--- 

遠く離れた国の出来事でしたが、
その衝撃はこの胸に突き刺さりました。

事件の後に、現地を訪問した人間として、
一言、書かせてください。



何していたか、おぼえてる?

20060912014319.jpg

ボクは、パソコンの前にいて
コーヒーを飲んでいた。

なにか、すごいことが起きているらしいと、
当時、バーテンをしていたサコさんから、
電話があった。


---サコさんの証言---
あの時は、、、。

まだ、入社前でバーテンやってた。
学校が終わって、19時くらいから店に
入ってたような気がする。

一人でお店をまかされて、
いつもの常連さんと話をしていた。
いつもの場所のいつもの光景。

22時過ぎくらいに
ふらっと来た新規のお客さんから情報を聞いたけれど、
その人の情報も曖昧で。
「貿易センタービル?浜松町の?」くらいしか思わなかった。

まだ情報が錯綜している時で、
TVもラジオも無いお店だったからね。
映像も音声も何も無いから、
ジョークのようにしか聞こえず、
まるで実感が湧かなかったのを記憶しているよ。

曖昧な情報のまま、常連さんの一人が帰って。
家でテレビを観てたらもう一機が突っ込んだって
電話で教えてくれた。

よく分からなかったけれど、
どうやら大変な事が起きてるって事だけは分かって。
とりあえず、誰でもいいから知ってそうな人に電話した気がする。


それを受けたのが、僕だ。

それでテレビをつけたのだ。

テレビは、2機目が突っ込む瞬間を繰り返していて、
アナウンサーが叫んでいた。

飛行機を食べてしまったかのように見えた巨大なビルは、
ボクがテレビをつけている間は、崩壊していなかった。

赤々と、傷口だけを広げていた。

翌朝、崩壊の映像を何度もテレビは流していた。


希望を持ってはじまった2001年が、
時代が変わるといわれたその年が、
悪い意味での時代の転換点となった。

あれから5年。

私は、2003年10月に911の悲劇の
その場所に立っていた。

20060912014209.jpg
何かがその場所にあって、今はない違和感。

20060912014229.jpg
工事が進められる跡地。

20060912014151.jpg 20060912014132.jpg
近くにある教会に飾りの様子。

10月でも冬の気配のある寒い日に現地を巡った。
5年前のあの日から、2年経ったニューヨーク。

すでに、イラク戦争に突入し、
テロが頻発する世界になっていた。

なんだろう。

どう考えたらいいんだろう。

なにかしなきゃという気持ちだけはあった。

この世界をちょっとでも変えてやると、
がむしゃらだったあのとき。

大人ぶって、わかった気になろうとする
自分が一番嫌いだった。


直木賞をとった森絵都氏の
「風に舞い上がるビニールシート」では、
日本の平和と世界の悲劇を見事に対比させている。

416.jpg
現場で働く国連職員の命を賭した使命感と、
小さな家庭で幸福を守りたかった主人公の気持ち。

使命感に燃える男と家庭を守りたい女との違いだけでなく、
それは、「自己犠牲的にボランティアをする人間」と、
「自分の生活を守ろうとする人間」
の対比のようにもみえる。

「仕事も満足にできないのに、なにがNGOだ!」
と、前の職場で上司に激怒されたこともあったっけ。

仕事の面白さがわかる前だったから、その上司ですら、
自分の生活を守ろうとする小さな人間のように見えた。

笑われちゃいそうだけど、
そのときは本気でそう思っていた。

実際に物が動き、人が動き、善意で小さな援助ができたから、
調子にのって、動いていた。

「こりゃ、仕事をしている場合じゃない」と、
自分の使命感に達観していた。

「風に舞い上がるビニールシート」にもどると、
主人公の女性の気持ちが今は、よくわかる。
以前は、小さく見えた人たちの気持ちだ。

無力な自分が世界の巨大な悲劇ために、
何もできないかもしれないと、
あきらめも含めた謙虚な気持ちで、
世界を眺めている今は、
どちらかというとほっとしているのだ。

あの時の熱が冷めたというか。

でも、何かできることはあるよなぁ…
と熱い希望を持ちつつ。

 米国の覇権主義の崩壊とか、
 グローバル化の進展とか、
 インターネットの発達とか、
 イスラムの民主化の失敗とか、、、


理由を探すことよりも、やることはある。

 鉄を発見して、刀を作り、人を斬り、
 火薬を発明して、爆弾ができ、人を焼き
 薬品を開発して、毒ガスを作り、人を苦しめ
 物理を研究して、核兵器が、人を消した。
 武器が小さくなると、個人がテロをおこした。


と過去を振り返るよりも、
未来を信じるのは、自分しかいない。

日付を手で書くときに9月9日、9月10日と続くと、
次はあの日がくると、
あの日のサコさんからの電話とテレビを思い出す。


今僕ができることは、小さな自分の世界から、
巡り巡ってどこかの国を助けていると信じることだ。

1年に一度、考える日があってもいい。

5年間がたったあの日から、
今朝から僕の頭の中にどーっと流れ込んできた
ことはこういうことでした。

しんみりさせてしまったら、ごめんなさい。

20060912014245.jpg
光でWTCを再現したTRIBUTE IN LIGHTの写真と、
ささげられたバラの花束。

すべての犠牲者のために・・・

日曜日の献立 素麺編 

20060903121918
たまには、気楽に献立ネタで。

7時に爽やかに目覚めた朝は、コーヒーをいれて、フレンチトースト。

コーヒーの香りに満たされながら、たまった新聞の切抜をしてから、掃除に着手。ホコリを掃い、フローリングを磨き、トイレも綺麗に。ついでに、風呂の排水口の黒ズミが許せなくなり、力いっぱい磨いてさっぱり。

ちと、お腹も減ったのでささっと素麺でも。

ネギをきざんで、生姜をおろし、さっとゆでた麺を冷水でしめる。箸休めに、最近安くなった茄子を塩揉みして、冷えたビールもつけちゃいます!

ホッと、まだ半日ある。
さて、何をしよう・・・

坂東真砂子氏「子猫殺し」のコラム 

先週夕刊を読んで、
よく日経が載せたなーとおもったら、
やっぱりブログ上では炎上しまくり。

読んでいない人は、こちらで。

記事全文
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/770743.html

批判殺到との記事
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20060824-79900.html

論点は、
坂東氏は、子猫殺しも不妊手術も罪であるして、
より自分が納得できる「子猫殺し」を選んだ。
世間的には、子猫を殺すことは悪であり、
不妊手術は、認められる手段である。

だから、炎上しまくりなんでしょう。

優しさや愛とかをテーマにした、
ふだん静かなで愛に満ちているブログで、
特に激しく厳しい言葉で非難しているのをよく見かけた。

非難の言葉に、自分の主張する正義を疑わず、
安全地帯からの攻撃のようにボクには見えた。
今までの言葉は、何だったのだろうって。

坂東氏に賛意を表すことが、
非国民であるかのごとくに。

そういう有無をいわせない言葉の羅列が、
殺伐としていて、さびしかった。

>なんとなく来てしまった人へ。
 何かのきっかけで、読んでしまって、これは言いたいと思ったことがあれば、
 遠慮なく、書いてくれませんか?それも、なにかの縁だと思うのです。




この事件で、新聞社に抗議の電話をした友達と
週の初めに飲みに行った。

がぶ飲みペースの日本酒。

心優しい彼の憤りが伝わった。

それだけでなく、彼の好きな作家の田口ランディ氏が、
坂東氏の意見に肯定的な意見なことにも悩んでいた。

優しいなぁ。。
行動をおこしたことも。。。

子猫のために戦えるんだからね。

そういう男といっしょに飲んでいると
ボクの冷たさと人間の小ささがいやになるぐらいだ。

本件に対するボクの意見をあかせば、
子猫殺しは生理的に自ら手を下すことはできないので、
子猫殺しには反対の立場である。
ただ、ちょっと違うのは、批判をするというよりも、
気持ちをよく考えると「腹立たしい」と思ったことだ。

正義を信じて疑わず「子猫殺し」に罵声の声と、
その意見に反対する荒々しい言葉の両方に。

議論に対してね。

今回の坂東氏の事件を考えると、
あの文章を読んだ人がどういう思いになって、
どれだけの人がキズをつくかということだ。

坂東氏は、他人の気持ちを省みずに
彼女の感性を振りかざしている。

他の人の感性で、どう思うか?

人は、だれでも社会の構成している人を、
傷つける権利はない。

そういうことだと思うのです。

むろん議論の発端となった書き手の坂東氏と同じぐらいに、
掲載を決めた人にも問題がある。

書いちゃいけないこともある。

書いても、載せてはいけないことがある。

世間には、いろんな人がいて、相容れない人もいっぱいいる。

それでも、同じ心を持った気のあう仲間を見つけて、
小さなコミュニティーを作って、生活しているわけだ。

その一人、一部でも、反社会的な行動をするだけで、
社会は傷つき、揺らぐ。

ボクが「腹立たしい」と思ったのは、
作家と新聞社の鈍感さに対してである。


腹立たしいけれど、その鈍感さのおかげで
すこし家族のきずなを偶然にも強くすることができた。

それは、母親へのメールではじまる。

罵詈雑言が激しいネット上から目をそらして、
たまには母親の意見をメールで聞いてみた。

夏休みの宿題として。



(以下、母親からの返信)
糾弾されることを覚悟しても、
なぜ書いたのでしょうね。

胃癌の人は胃をとり、腎臓病の人は一つ腎臓を取る。
どうして取らなければいけなかったのだろうと、
口に出さないけれど思うでしょう。

ピアスの弟に「親からももらった体」
に傷をつけてはいけないと言いました。

「産みたいか」は猫に聞かないと、
判断できないけれど自然淘汰されない種の問題です。
自治体に委ねても、自治体という個人が手をそめることになる。

猫を人間と同格と考える坂東さんに賛成です。

犬猫を「この子」と言いながら、
ペットなんだと思っている人が、憤慨しているのでしょう。
そうは言っても私だって、飼うことにしたら手術を受けさせます。
こういう問題提起は、極端から極端に分かれるから、
文章にしないほうが良かったのにと思います。

でも、このコラムを読んだから、人は考えたり
批判したのです。
普段は意識にも止めていませんもの。

内膜症の痛みで貴方達の子育てに、
支障をきたしかねなかったので、
決心して子宮を摘出した母より。
そうだから賛成なのではありませんよ。





母親の子宮がないことを、いま知った。

男の兄弟2人、しかも“としご”。
力がありあまる時期の子育ては、きっと大変だったろう。

親父も元気でいるけれど、
高校生時代の我が家の荒れ方は半端じゃなかった。

家が壊れるのではと思うような、
取っ組み合いを弟として、もうやばいなと思ったら、
急に周りが見えるようになったのを今でも覚えている。

で、母親の子宮がないことを、いま知った。。。

その痛みを、男ばかりの家族の誰が分かち合えただろう。

つらかったろうな。

ケータイの先に母親が待っているように思えて、
いたたまれなくなって、こんなメールをかえした。



(以下返信メール)
宿題ありがとう!

昨日は、この件で新聞社に電話をした奴と
飲んでいました。

結論は、書かなくてよい、載せなくてよい
だったと思います。

かあちゃんの体もそうだったとは、
聞いてびっくりでした。辛かったでしょう。

大変お世話になりました(笑)
俺は、かあちゃんでよかったと、ほんと思います。

ありがとう!




会話がふっと途切れた怖さに、
言葉を強引にひねり出して、作った情けない返信文。

これ以上、言葉は浮かばなかった。

20060902011721.jpg




ややしてから、母親から返信アリ。

「ちょっと涙がうかびました。」

と、開いたメールの言葉たちが輝いていた。

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