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オルタナ 

過去に極端なエコロジストっぽいときがあった。

当時は、活動家を気取っていたかもしれない。

今では、そんなふうにはなれない。

みんなの為に活動しているというのは気持ちがいいし、
その善意はキライじゃない。偽善なんていうつもりもない。

ちょっと重いだけなのだ。

なぜだか、あのときの感覚で、
あの空気にのれないのだ。

ただ、その名残がちょっとある。

今回はその残像で、CSRとか、環境系企業の動きを
フォローしたい場合に役立つ雑誌を紹介。

定期購読すれば無料でも、街でもらうと、
有料というおかしな形態の雑誌。

オルタナ




私が疎いだけなのかもしれないが、
かなり先端の情報が掲載されている(ように思う)。

記事の深みもあるとは言えないが、
タダなのだから、今後の発展に期待してみたい。
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映画「半落ち」 

映画「半落ち」をみた。




http://www2.toei.co.jp/hanochi/

横山秀夫氏の物語力は、いつもながら圧巻。

著者の他の作品にも大団円のお決まりがあって、
そのペーソスがキライな人は、苦手だろう。
でも、のめりこんで読んだり、観ることのできる人には、
重さが心地よいラストである。
「クライマーズ・ハイ」にしても、本作にしても、
記者がかっこよく映る著者の作品はこたえられない。

アルツハイマーで失言を犯した政治家がいるけれど、
本作を観たり読んだりした上で、あの言葉が言えるかどうか。
あの無神経さは、弱者の心をどれだけ傷つけたか・・・
きっとわからないような人間なんだろうな。

バベル(BABEL) 

ネタばれなしのレビューです。




※一部、強い刺激があるとの報道があります。
目が回ったり、残像が残る感覚があるので、そこは刺激を受けないように薄目にでもして乗り越えるのも一つの手かもしれません。ただ、映画館で観るからには、ギリギリまで体感するのが鑑賞の醍醐味でもあると思います。



最近は、グローバリズム批判を意図して貧困を描いた作品が多いなか、先進国の人間であっても、心は通わず空虚で不幸であるということ描いた作品。

旧約聖書の創世記11章「バベルの塔」を新共同訳で引用してみる。

『「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなこと(天まで届く塔を建設すること:筆者追加)をし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。』


バベルは人間の傲慢さに神の怒りをかったことの象徴として使われる。しかし、現代は神が予定していたよりも、悲劇的である。同じ言葉を介してさえも、心は通じないのだから。それが、負の連鎖となっている。

特筆すべきは構成のうまさ。同時進行する物語で、観るものには緊張感がずっと続く。2時間におよぶ長編だが、どこかで進行している悲劇に休むことがない。ヒューマンドラマにぶれることなく、圧倒的なリアリティで迫ったことを評価したい。

  *  *  *
なんて心のことを書いてみても、
僕の場合には「バベル」以前にあまりしゃべらなかったり。
「あ、うん」で解ってくれ・・・みたいな。
ま、そういわずに飲みますか。
これが“Road to Islay"流かもしれません。

芸術家の芸術論 

週末を完璧に飲んだくれて過ごしたせいか、
月曜日から「ちゃんと生きよう」という気持ちになった。

といいつつ、水曜日ですけど。

人は堕落しすぎると、自己規制が働くものである。

たまった新聞を整理し、一冊読了し、飯もちゃんと食った。


■芸術家の芸術論

 村上隆「芸術起業論」(幻冬舎)

死後に名を残そうとする芸術家の意気込みはすごい。
アートいう文脈をどう作るのか、仕掛けだらけだ。

本書の中で、ゴッホが絵よりも生前のエピソードだけで価値をあげていると分析する。マチスの絵を純粋な芸術の表れだと評価する。宮崎駿の不満を理解し、共感する。

縦横無尽の芸術論が気持ちいい。

表現者であり続ける人の、エネルギーの塊のような本だった。

読めばきっと、何かをおすそ分けしてもらえるはずである。


■おまけ

飲みすぎ防止、飲まない体へ

「食事にビール」とという発想を、やめることにした。
先入観であわせるのも変だろうということで。

昨年の夏に買ったものの未開封だった麦茶を作って飲むことにする。
昨夜も飲みながらの会食だったが、節制してみた。まわりの人が酒を飲んでいる姿をみているだけで、十分である。こちらもテンションをあげておきさえすれば・・・

やっぱり、お酒は飲まないのに越したことはないのかもしれない。

今週末は、甲武信岳(2475m)への登山。
コンディショニングにつとめておきたい。

読書:旅日記 

ふわふわと定まらない興味と関心につきあってくれますか?




先日、デビット・ゾペティの「旅日記」という本を読んだ。

著者は、ウィスキーワールドの巻頭で取材を受けていたスイス人で、日本語で小説やエッセイを発表している。
図書館で棚をぼーっと眺めていたら見つけた。どっかで見た名前だなと。

「旅日記」の旅で描かれるのは、テレビの取材の仕事で行ったアラスカからアリューシャン列島までの幅広い旅先での風景や心象である。歯切れのよい文章でテンポよく句点、読点のリズムがある。同時に外国人の感性というフィルターを通して、日本語を読むのが不思議な感覚になる。日本人の旅行者と同じことを、外国人も感じている。

旅のエピソードに、外国人の視点と日本語が混ざっていい感じなのである。

ちなみに、アイラ島にはあとがきでふれて、そこで完璧な一日だったとふりかえっている。ジュラ島までエピソードは、そこだけは旅が好きな人よりも、ウィスキーが好きな人に読んでもらいたいところ。

すべての旅が好きな人のために・・・著者からの言葉を抜いておく。

「僕は物思いに耽りながら旅をするのが好きだ。…人生についていろいろと考えたりしながら。…旅をする。そういう観点からいえば、旅は僕にとって、外界からの無数の印象や刺激を受けて、また吸収できる機会であると同時に、内面的な思考の世界を自由に彷徨える特別な時間でもある。」

P.S
北海道に行く機会がありました。
知らない土地に一人、「旅」らしい旅で楽しかったです。

ダーウィンの悪夢 

雑誌「SWICH」1月号で、小林武史とフーベルト・ザウパーの対談がありました。だから載せるわけではないですが、最近見た映画のレビューです。このあと、家にゴキブリが出たもんだから、ほんと死ぬかと思いました。

drwin2.jpg 20070122224825.jpg


まあ、長いのでゆっくり読んでくださいまし。



無音から始まるエンドクレジットの暗闇、静まりかえる館内に重い空気がまざって、やるせなさが先進国日本に生きる観客一人ひとりにのしかかった。見せつけられる映像のイメージを頭に描いて心の準備をしていたつもりだったが、想像以上の映像と負のサイクルに完膚なきまでに打ちのめされた。

換金性の高い白身魚のナイルパーチの加工貿易が生んだ悲劇に、目を覆いたくなる。一杯の鍋の食料を奪いあう子供たち、売春しエイズで亡くなる女たち、目をぎらつかさせて戦争を望む男たち、彼らがたどたどしい英語で語るすべてが、どこかで日本とつながっている現実。重すぎる。遠い世界で起きていることに無縁でいられず、グローバリズムが悪だと言っても、日本に生きるぼくの言葉は空々しく響くだけだ。

ただね、渋谷の街の喧騒や屈託のない少年少女たちの姿を見ながら、昔の自分なら一人で絶望し、無神経さを嘲って優越感でネットに文章を書き散らしただろうと思うんだよね。若いころにやっていたエセNGOの活動も、会社では得られない充実感の代替物が欲しかったのだと、いまになって解ってきたんだな。でも、それらの体験を経て多くの仲間に支えられて達成したことや、やっても得られなかったもののおかげで、ぼくの20代は幸せなものだったと自信をもってここにいられる。

世界の人々の幸福のために心から祈るということがとても美しくて大事な行為であるとわかっている。この社会システムや不幸の連鎖に憤ることには、誰もが賛同するとわかっている。

そう表明しないのは、どこかに嘘っぽさがひっかかることに心が同調しなくなったから。心と体は、不思議なものでそう思うようになると、体は動かず心は内省的になっていくんだね。エコやロハスが全盛の時代にこうした気分を表明するには勇気が必要で、30歳を目前にしたいまだからできるようになった、と思う。

いまは、人を変えるために何かしようとは思わない。自分がそうされたらいやだから。

いみじくも小林武史のメッセージこうあった。
「たやすく哀しくなったり、怖くなって同調するのでも、人ごとだと思うのでもなくこの問題が僕らの周りもいっぱい溢れていることを感じること。そこをどう乗り越えるのか。『救いようがない』と、諦める必要なんかない。」と。

映像の深刻さに打ちのめされて、それが人に向かわないように急いで家にかけこむ前に、ぼくができたことは、コンビニでビニール袋を断っただけだったんだよね。そのことが妙にうれしい気分にさせて、明日から生きてやるぞ、と元気が出てきたんだな。おかしかったな。

新年度と手帳 

昨年も、手帳のネタをブログに載せたので、
使用後の結果報告なども交えて、文章にしてみました。


 新年は1月から始まる。新年度は4月から始まる。
 半期ごとの営業成績に追われていた時には、新年に立てる目標と半分までしか進んでいない営業成績とのあいだがいつまでも埋まらなかった。営業でない今は、新年からのスタートで丁度よく、新年の目標と仕事の目標を重ねることができる。今では、4月は新年度の始まりであったことを忘れるほど、忙しい時期でもある。
 二度も新年の気分はいらない。

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切抜きやらデータを貼り付けた「ほぼ日」手帳

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部屋のレイアウトを検討する際にもマス目が便利

 さて、手帳の話をしよう。
 社会人になってから5年、同じ手帳を一度として使わず、毎年の感覚で変えている。若いころは、自分の価値基準を揺るぎなく持って不変の一品をと、よくよく吟味していたはずだが、不思議に今まで定番になった手帳はない。今年使っていた「ほぼ日手帳」がなじんで、ちゃんと汚すことができ、使っていて安心するのだ。おかげで、一日1ページのスペースも思いつきをじっくり書けることがわかると、「ほぼ日」に散りばめてある言葉がうるさく見えてきた。まことに不遜ながら、一日の言葉は自分が書いた過去のページの言葉であると。
 今年は、シンプルにモルスキンの手帳にしてみた。手帳というよりも、日記帳だ。果たして、使いこなせるだろうか。

<「ほぼ日」のだめな点>
 ○紙が薄いため、筆圧でページがごわごわする。
 ○紙がインクを吸わないため、インクの乾きが遅い。
  すぐに閉じると、前日のページもしくは翌日のページが、汚れるので筆記具はボールペンがよい。
 ○「この手帳についていないもの」「マンガ」のページが無駄。
 ○下に一日ごとに言葉がなくていい。ないほうが、余計に気持ちがブレない。
  たしかに、暇つぶしに最適であるが、考え事をしているときは邪魔である。

さて、来年はモルスキンで仕事ができるだろうか。
 
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ピカソやヘミングウェイもつかったというごっついモルスキン。
   来年は、一緒にがんばるパートナー。

ミュンヘン、ブロークバック・マウンテン 感想 

映画の日だったので、映画を2本。
たまには、活字から離れて気分転換です。

ネタばれなしですので、映画を見たい気分のときの
ご参考までにどうぞ。



■ミュンヘン

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悩みが、そのまま・・・救いなし。

パレスチナとイスラエルの問題に真っ向勝負の本作品は
観客を問題の渦に巻き込んだまま、
彷徨し、答えを提示することなくエンドをむかえます。

久しぶりに、人が生々しく
殺される映画を観た後味の悪さが残りました。

スピルバーグ監督の作品だと思って、
救いを求めても、助けは来ません。

それぐらいパレスチナ問題は深刻であることの証左でしょう。

悲しくなるほど、人が犠牲になっていくなかで、
主人公の苦悩を背負ったまま、映画館をでるのが
重すぎる映画でした。

5年前、旅したイスラエルの雰囲気を思い出しつつ、
そのままの緊張が30年以上前からあることにも
驚きました。

(ワイングラスで、底が四角いのを使用しているのは、
フラスコ画によくあるキリストの食卓で見たような気がします。
ユダヤ人の食卓を、意識したセットなんだろうとおもいます。)


■ブロークバック・マウンテン

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好きになったら、しかたない・・・

テーマがテーマだけに、映画好きでないと、
観ないではと、余計な心配をしてしまいます。

ボクも、観る前は受賞歴のすごさで観た
ミーハーなやつですから・・・

でも、観た後はすっきり、さっぱり。

同性で愛し合うという姿に、
ボクが見慣れていないから違和感があるだけで、
どちらかを女性にすればいつもの
恋愛映画になりましょうか。

時代背景から考えても、禁じられた愛の形を
純粋さで守る姿に、胸うたれます。

好きになったんだから、どうしようもない。
とめることも、とどまることもできない。

自然の中で遊び、時を共有する、
あつい友情の世界に一気にもっていかれます。

テンポよくすすむストーリーが、
プロットをほどよく複雑にしていて、
二人が年を重ね、問題が切実で困難なものになるのと
パラレルに進行し、時間を感じさせません。

カウボーイ姿のお兄さん二人が、殴り合いつつも、、
「今のままでは、(愛が)たりないんだ」
「じゃあ、どうしろっていうんだ」
こんな二人の会話は、
見慣れている恋愛映画と変わらないのです。
むしろ、同性どうしだから、性の違いでなく、
個性のぶつかり合いが際立つのでしょう。

二回目を見ることがあったら、
ちょっとは見慣れた愛の形に、ボクも泣けるかもしれません。

評価の高さに、納得できる作品でした。

感想:「沖で待つ」 

久しぶりに文学作品を読んでみました。

おにぎりの前日、飲みすぎた日本酒の中には、
福井の「早瀬浦」というお酒がありました。
これ、辛口ですっきり、甘さなし。お勧めです。

基本的に雑食で、どちらかというと賞味期限よりも、
自分の舌を信じろと、育てられてきました。

このブログもとりとめなくすすみます。
たまには、感想文などは、いかがですかい?




「沖で待つ」  文芸春秋 952円



絲山秋子氏の芥川賞受賞作品。

「男と女に友情を描くのがうまい。」

そんな日経新聞の書評をみて、読んでみた。

ボクが過去に書いた「親友までの距離」で、
友達への友情を書いたつもりが、

「本当は、好きなんでしょう?」

と、人から言われたことがきっかけで手にする。

なかなか難しい男と女の友情の距離感ってやつを、
どういう文章にしているのかを知りたかったんだ。

同じぐらいドライに書いたつもりだけど、
そうは見えないのかな。(筆力の違いはあるけど)

男と女に友情があるという場合、
恋愛に発展するかどうかの見極めが互いにあって、
そうでない場合は、友情になる。

相手も相応に大人で、
距離感がわかっていることが最低条件だろう。

この作品は、シンプルで登場人物の個性もあって、
ラストまで、安心して読める作品。
ラストは、ラストでごちゃごちゃしてるけど。


本作品は、職場での人間関係や同期のつながり
を仕事を通して描いている。

職場では、ほとんど、泥臭く、みっともなく、
汗にまみれ、情けない。

親しい人には見せたくない場面が多々ある。

でも、同期の場合、
その体験の共有が、親しさにつながる。

一緒に仕事をしないと、人は見えてこないと思う。

舞台は日本企業で営業職を経験した人なら、
どこか思い当たるふしがあるだろう。

社会人になって、最初に働いた支店、場所、土地への思い入れ。

そこで育ててもらったという自負。

同期はばらばらで全国に散らばり、
たまに機会を作って飲むという状態。
なぜか、飲むだけで安心してしまう。

転勤は日常茶飯事。

結婚は、おなじ職場で出会った人で、
なんだかんだいっても、結婚までしている。

仕事のサボり方、息抜きの仕方とか・・・

営業という一線にいるからこそ、
共有できる風景がある。

そんな雰囲気の会社から離れてしまったので、
懐かしく、読んだのでした。

「すべての働く人にーーー」

という帯がかけられているけれど、
よいコピーだと思う。

とくに、女性のほうが読みやすいかな。

表題作ではなく、36歳でお見合いのエピソードを題材に
元総合職の心を描く、「勤労感謝の日」もなかなか。

こういう風景、僕は好きです。

「Hotel Rwanda」を観た 

シリアスさに観るのをためらっている人や、
観た後もどこか腑に落ちないなぁと思った人に、
力になれればと、記してみます。

つまるところ自分のためでもあるのですが・・・

(ネタばれなしなので、観る前の人でもどうぞ。)





■「Hotel Rwanda」の着地点を模索する人へ

この種の映画の、悲劇と問題の大きさに
見る前から予想がつくだけに、見た後の衝撃に備えて観た。

前評判は、見ておかねばと思わせる。

それは、5000人もの署名を集めて日本で公開
させたという人々の行動が示している。

期待は裏切られることなく、
映像とストーリーにうちのめされた。

「あなたは、もっと現実を見るべきよ!」

遠くの国の人々の悲劇に頭を悩まし、
理想論を振りかざす僕に、当時の彼女はそう言った。

そのとおりだと思い、いっきに目が覚めた。

あどけない現実感で暮らせるほど、
日本だって甘くない。

地に足をつけて、生きていくには、
遠い国の悲劇につきあっている暇はない。

観た後は、どうしようもない無力感に襲われ、
主人公がハッピーエンドであろうがなかろうが、
カタルシスはやってこないのが民族紛争だ。

映画の主題でもある。

「これが現実なんだ」と、わかってきたからこそ、
映像を直視できるようになれた。

現実とは、日本の豊かさと、
世界に確かにある貧富の差である。

現実とは、自分の無力さでもある。
(一個人として力が及ばないという意味で)

そして、自分はこれから何を
残していけるだろうかと自問するのだ。

今いる場所で・・・

「HOTEL RWANDA」は、
このどうしようもない現実に立ちむかう人びとに
力を与えてくれる映画だ。

日本で公開するにあたって、
活動をしてきた人びとに、
すばらしい映画を見せてくれてありがとう、と。。

感謝しながら、、、

現実を見ないふりをする大人にはならないぞ、
と心に誓った帰り道だった。

確かに、日本で生きながらも・・・
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